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2026/11/01 00:00

序章

ストリートが生んだ編集文化 ― 裏原を生きた世代の視点から


1. あの時代の空気を吸い込んで

1990年代前半に東京・原宿の裏通りで芽生え、半ばから後半にかけて広がった “裏原系”。当時を知る世代の一人として振り返ると、あれは単なるファッションブームではなく、一つの時代の精神を映し出した現象だったと思う。

バブル経済が崩壊し、街に漂っていたのは不況の影。しかし若者文化は決して萎縮することなく、むしろ反発するように新しい表現を模索していた。
少し前の渋谷では「渋カジ」が一世を風靡し、アメカジやセレクトショップのスタイルが定番となっていたが、そこにはどこか「大人の敷いたレール」に乗っている息苦しさがあった。

その反動として、「もっと自分たちらしい表現がしたい」「型にはまらないカルチャーを作りたい」というムードが芽生えた。私自身もその空気に吸い寄せられるように、渋谷から表参道を抜けて、キャットストリートやプロペラ通りを歩き回っていた。

表通りにはラフォーレなどの商業ビルが並び、整ったショーウィンドウが消費を誘う。一方で、裏道にあるのは小さく雑然としたショップ。看板は簡素で、入り口も目立たない。けれど中には、渋谷の量産的なファッションでは得られない “熱” が渦巻いていた。

そこでは、店員も客もほとんど同世代。BGMに流れる音楽、壁に貼られたクラブイベントのフライヤー。空間そのものがカルチャーの匂いだった。


2. メディアがつくった「可視化の舞台」

裏原カルチャーを全国に広めたのは雑誌だった。
『BOON』や『smart』は、当時の若者にとって「裏原へのウィンドウ」だった。誌面に登場するスナップや新作紹介は、文字通り情報のライフライン。

毎月ページを食い入るように読み込み、次に何を買うべきか、どのブランドが「熱い」のかを必死でチェックしていた。SNSもスマホもなかった時代、雑誌こそが最大の情報源であり、一冊が裏原への入口だった。

スナップに知り合いが載ると、それだけで小さな事件だった。まるで今のInstagramでバズったような感覚。当時から私たちは「可視化される喜び」を知っていたのだ。

雑誌に掲載されることは「承認の証」であり、それ自体がブランドの価値を跳ね上げた。現代のインフルエンサーがタグ付けすることでブランドが拡散するのと同じように、当時は雑誌が熱狂を増幅させる装置だった。


3. 並ぶことの意味

裏原を象徴するもう一つの風景は「行列」だ。
アベイシングエイプの新作発売日には、プロペラ通りに早朝から長蛇の列ができた。私も何度もその列に加わった。

冬の寒い朝、ダウンジャケットに身を包み、缶コーヒーを片手に仲間と「今日は何が出るのか」と語り合う時間。抽選に外れた時の落胆、手に入った時の高揚感。すべてがブランド体験の一部だった。

いまのオンライン抽選やSNKRSアプリなどは便利だが、あの行列には独特のコミュニティ感があった。前後に並ぶ見知らぬ人と自然に会話が始まり、情報交換が行われる。購入前からすでにブランドの世界観に没入していたのである。

行列は単なる購買行為ではなく、通過儀礼だった。「並ぶ」という体験が特別感を演出し、手に入れた瞬間にそれは服ではなく「戦利品」となった。


4. 地理と場の記憶

裏原は地理的にも特別なエリアだった。表参道や明治通りの喧騒から一歩入ると、そこには狭い路地と雑居ビルが入り組んだ迷路のような空間が広がっていた。

キャットストリートのクラックの入ったアスファルト、プロペラ通りの少し湿った空気。その地形そのものが「ストリート」を体現していた。ファッションの最先端は、華やかな表通りではなく、裏通りにこそ存在した。

都会の余白に文化が芽吹く。裏原は「ストリートの温室」とも言える場だった。



5. ブランドが与えた符号

アベイシングエイプのカモフラ柄。
グッドイナフのロゴT/袖タグ。
アンダーカバーの挑発的なグラフィック。
ネイバーフッドのバイカー美学。
エレクトリックコテージのサンダーロゴ。
ダブルタップスのミリタリーアレンジ。
そしてゴローズのアクセサリー。

それらは単なる服ではなく、自己表現の「符号」だった。
何を身につけるかで、自分がどんなカルチャーに属しているかを示すことができた。仲間内で「お前、それ手に入れたのか!」と驚かれる瞬間は、まるでSNSで “いいね” がつく瞬間に似ていた。

裏原におけるファッションは、自己表現であると同時に、他者との関係を築くための言語でもあった。


6. 編集文化としての裏原

裏原を語るうえで欠かせないのは「編集」という概念だ。
裏原のブランドはゼロから新しいものを創造するのではなく、既存の文化を再構築し、新たな文脈を与えることに長けていた。

古着とハイブランド、音楽とファッション、ストリートとアート。

それらをミックスし、編集することで独自のスタイルを築いていった。
これは単なるデザインではなく「キュレーション」に近い感覚。何を選び、どう組み合わせ、どう見せるか。その編集的アプローチこそが、裏原ブランドが強烈なメッセージ性を持ち得た理由だった。

大量消費でもなく、ハイブランド信仰でもない。限られたものをどう入手し、どうカスタムして自分らしく表現するか。その編集こそが裏原の核心だった。


7. 現代との接続

2026年のいま振り返ると、裏原カルチャーは現代のSNSマーケティングと驚くほど重なる。

雑誌による可視化はInstagramのアルゴリズム。
並び文化はオンライン抽選やドロップ販売。
編集文化はZ世代のリミックス文化。

裏原は決して過去の遺産ではなく、現代を読み解く「教科書」だ。

当時の「並ぶ」「スナップに載る」「限定を手にする」という熱狂は、今日の「いいね」「バズ」「抽選に当たる」と同じ構造にある。



8. この連載の構成について

この連載では、裏原カルチャーをマーケティングとブランディングの視点から再考する。実際にその場を体験した世代のリアルな記憶を交えつつ、当時の戦略や現代への応用を描く。

ブランドごとの戦略や事例はもちろん、行列やショップの空気、さらには「裏原メシ」と呼ばれた食文化まで取り上げ、裏原を多面的に紐解いていこうと思う。

裏原は単なるファッションのムーブメントではなく、時代の精神を凝縮した「編集文化」だった。私はその渦中にいた世代として、その熱量を今の言葉で伝え直したい。そして現代のマーケターやSNS担当者にとって、裏原の知恵がいかに活用できるかを示していきたい。


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